ジンジャーエールをネタにしたSS

次ページにあるのは勢いで書いた文章。推敲読み返しその類はまったくしてない。
とりあえず地元のスーパーはウィルキンソンを置いてくれ。
ちなみに出来はひどいぞ、と前置きしておく。
 


「さて…と。」
青い空、白い雲、緑の大地。
心地よい西風が吹く草原に用意させた、まっ白いテーブルに一脚の白い椅子。
 都心からほど近い場所に広々とした原っぱというなんとも贅沢な空間を作るのに、構想から数えて10年、やれリゾート開発だの、別荘地だのと騒ぎ立てる業者たちを一切黙殺するのにさらに5年もかかってしまったが、ようやっとその夢が実現できた。
その光景をぐるりと眺めて満足すると、僕はジャケットを脱いで椅子にかけ、ジャケットの内ポケットからさっき製本されたばかりの新刊の小説(無論、世間では未発売だ)を取り出す。
 そよ風に時間の流れをまかせつつ、ページを繰る。初版第一刷の最初の1冊、『新品の本』独特のインキの香りもさわやかに、物語を読み進め、時にクスリと笑わされ、時に主人公の言動に呆れ、あるいはおよそ人様に見せられないような百面相の芸をライトノベル相手に見せる。
 カラン。
 そんな至福の時間を、溶けた氷に特有の澄んだ音が邪魔をした。
とたんに現実に引き戻されて周囲に注意を向ける。
座った時にはなかったジンジャー・エールの入ったグラスが一つ、テーブルに置かれていた。
いつ置かれたのだろう?
いくらなんでも人の気配に気がつかないほど熱中して読書はしていないつもりだ。なまじそうだとしても、主人に気づかれないように、頼んでもいない飲み物をそっと提供するような教育をメイド達にさせたつもりもない。
なおもいぶかしみながらテーブルのグラスに目をやると、すぐそばに小さいカードが置かれていた。曰く
『どくいり じんじゃー のんだら しぬで』
…あまりの幼稚さに落胆を隠せない。子供の悪戯にも劣る。
もっとも、僕が日本ジンジャーエール党の党首になるくらいにジンジャーエールが好きだ、という事実はよく知られたものだ。
工場生産品は言うに及ばず、世界を歴訪して、地ビールならぬ地ジンジャーを含めて、およそ人々がジンジャーエールと呼ぶであろうものは全て飲みつくし、味わった。
ジンジャーエールを飲んで、それを[イギリス某地方のアンソニー家伝来レシピのジンジャーエール]であると当てることだってできる。
と、ここである興味深い事実に思い当たる。書いてあることに間違いがなければ、この『毒入り』というのは今までに飲んだことがないジンジャーエールということになる、という事実である。
そう思うと気になってならない。努めて気にしまいと、読書に集中することを試みてみたが、ページを戻って読み返したり、グラスの氷が溶けたときの、澄んだ音に集中が途切れたりと、とても読書に集中できる気分ではなくなってしまった。
 せめて読み終えてから、がこの章まで、この節まで、この段落までになって、ついには根負けして表紙の折り返しを栞代わりにして本を閉じ、グラスを手に取った。
女性的な曲線美を持つグラスは程よく汗をかいており、吸いつくように手になじんだ。
躊躇ったら負けだと思い、流れるような動きで、グラスに口づけを交わす。
 どこまでも淡く、どこまでも透きとおった麦色の愛すべき液体が喉を通る。炭酸の刺激と、何か別の、奥深く玄妙な刺激が口から喉を支配していく。
飲み終えて、コースターの上にコップをもどす。
コップに残された氷が涼やかな音をたてる。
…たしかに、飲んだことのない味だった。
意識が朦朧とする。だが賭けには勝った。中身は間違いなく「飲んだことのないジンジャーエール」だった。
誰かが飲ませるように仕組んだのだろう。心当たりはそれこそ無数にある。
だが僕は幸せだった。何しろ普通に死んだのでは絶対に飲めない、希少なジンジャーエールを飲むことができたのだから。およそ世の中にある全てのジンジャーエールを飲んだのだから。
もはや眼を開けることも、声を上げることもままならない。しかし、耳にははっきりとそのことを確証できる、天使のささやきが聞こえたのだ。
『おめでとうございます! あなたは世界中にあるすべてのジンジャーエールを飲んだ最初の人間です! だから天国につれていってあげます!』
──その声を最後に、僕の意識は途切れた。