@(土)東ピ57bの人のmixi記事(氏らしく著作権に関する動向関連の記事)を見て、なんか[TRPGのスキル]のときと同じような印象を受けた。
※例示が気になっただけで、内容については特に異論を唱える気はない
※書き方というか、論調が上記のときに受けた印象と似てたので書いた
※あと、自分はその例の例外中の例外なのか!?と思ったのもある
何か、断定口調とか「ぜったいしてるはずなんです」的な話の持っていきかたに作為的というか、俺は正しいだと誘導する
ような胡散臭さというか、日曜日の昼前の時間帯とかで1週間のニュースのまとめをするような番組とか、某みの氏の情報
バラエティのような「実はね、日本の平均的な家庭ではだいたい〜〜なんですよ」と突然資料を提示されたときのような
感じがしてならないんですよ。
単にRizaがひねくれてるのかもしれませんが。
==以下、Rizaがいた会社はこうだった、という話==
文章の端々から想像するに、この人は多分ほぼ毎日会議の資料を作って会社で週刊誌を読んで会社で新聞を読むわけだが、
以前働いていた会社だとそんなこと想像もつかない。
自分の所属してた会社が「平均的な」開発集団の会社とは言う気は毛頭ないが、概ね1000人規模の会社で
・社内HPの他者企業動向についてはURIだけ回される
・「ただコピーしました」だと確実にツっこまれる文化(というか、誰も見ないか、自分で理解しないと内容の説明をまず
求められる)
・そもそも会議なんてないし(進捗会議はするが、資料が必要な氏が言いそうな会議は毎日はない)
・仕事内容が新聞雑誌の内容がソースではこまる(人によっては役所に言質取ったりするレベル)ものだったりする
という職場においてはなかなか例示した環境が「日本の平均的なサラリーマン」という表現の例示には同意しかねるところがある。
※個人的に同意できない≠自分を含めた多数が同意できないんじゃないかということを自戒を込めて書いておこう
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ぶっちゃけ、「資料つくりのために週刊誌をコピーする」という考え自体がわからん。
資料として説明、紹介するだけなら「○○誌の×月△日号に『〜〜〜』という記事があり云々、と書いたほうがよっぽどスマートだし、コピーしたのを後で誰か読むかと言われると読まない気がしてならないのだが。
そういう文章を書いて、自分の言葉で簡単にまとめた方が、評価されそうな気がするけど違うのかやっぱり?
「mixi記事感想とか」カテゴリーアーカイブ
書きたいが書ききれない
書いた物語に反響がある件についてmixiで数名の方が書いておられた。
それを見て物書きの端くれ、と言える人はいいなぁと思う端くれ予備軍補佐見習い心得代理代行分体。
書きたいストーリーとか、自分の中で自己満足的にでも「文章に起こしたいなぁ」と思うストーリーは描けるんだけど、
それを字にするとすごい文章として穴だらけになってしまうんですよ。言葉にしない省略されているものを自分の頭で補完しちゃってるんだなぁと実感する次第。
不定期連載小説『地獄の魔犬』41話感想
なま上のmixiで最新話が出たので早速見た。
…最近涙腺が弱くなってるなぁ(つД
)ということを実感した。
ぇぇ話や。
出版の機運も一部で高まっているので、分量計測用に作っているものの(当時最新だった)13話で止めてた「文庫サイズ体裁地獄の魔犬」の続きを週末とかの空いた時間に編集してみよう。
13話時点で91ページとか破壊力がトンでもないので、本編だけでおそらく300ページ突破してるのではないかなぁと思うのだが…
文庫本にしたら相当な厚さだぞぉぃ。
気をつけたいなぁと自分も感じます<文体
なぜスキルを言語化しようとするのか? [mixi.jp:tatuya氏記事]感想。
最近は日課的に書く記事ばっかりだな、「おはようございます」とか「今日の東方」とか。
まぁTRPGやらなきゃ平々凡々で、すこしイレギュラーなのをmixiに追いやってるからかもしれないですが。
(続きを読む…以下に入れると引用部が崩れるので、全部表に出します。他の記事が追いやられて申し訳ないですがご容赦を)
今回は反省記事らしいので以前の記事をさくっと見返してみて全体的に感じたのは、「だ、である」調が混じったり、「〜すべき」みたいな、自分の考えの開陳という段階から1歩踏み込んだ、自分の経験に基づいた方法論の主張と感じられる言い回しをしてるのは損だよなぁと。
だってそれって、どう考えてみても
だって、考えてみればそうじゃないですか。
こう書いたら、下手すると「そういう考えにたどり着かないのはおかしい」ととられかねないというか、その後の主張に共感できない人は反感持ちかねないよなぁと思ったりしました。
今回は文体がソフトなんでそういう印象は少ないですね、まぁいきなり「どう考えてもアウトじゃないですか」と書いてますが、ハンドアウトは沿うのが原則だろうなぁ…。
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●前半、GMを外形的に信用してないのでは?という件について
拒絶することでGMやPLを外形的に信用しないと思われてしまうのは、相手が「自分はそのキャラクターを柔軟に受け止められないと思われている」と感じてしまうときだと思うのですが、理由をきっちり言えば済む話だと思うんですよね。
ここから個人(自分対tatuya氏)の経験談で恐縮ですが、僕は一度、自分の作ったアクトのクグツ枠に「加賀魅士郎が入るのは難しいと思う」といったことがあります(当時の日記[rizastar.com])。たしかtatuya氏に「なんでよ?」と聞かれたので書いたのだと思いましたが。
RLとして力不足故に、該当アクト(ちなみに自作)で加賀魅をPLの演出要望に対応したり、RLから演出を提示したりするだけの「すり合わせ」ができない、申し訳ないが白旗を揚げさせてもらうというのが理由で、
tatuya氏的にはRizaをRLとして信用していただけたのかもしれませんし、RLとしてはtatuya氏のセッション内の動きはほぼ全面的に信用していいと思う(責任は負っていただけると思ってる)のですが、やはり信用に応えられないと感じた以上は、RLとしては無理、と言うのが筋だと思いますので。
プレイヤーがそのキャラクターを使うことに責任とリスクを負い、自己管理するのは当然というのは僕も同感ですが、それと同様にGMがそのプレイヤーを使わせてセッションを行うことにもやはり、責任とリスクを負い、セッション内において管理するのも同じくらい必要だと思います。
この件についてはBoA236ページ欄外、「PCの作成」の項目で触れられているあたりで大体集約されているような気がします。
PCは、プレイヤーが自由に作成する。これはTRPGの大原則だ。しかし、GMもまたプレイヤーと同様にTRPGの参加者であり、ゲームを楽しむ権利があることを忘れてはいけない。
したがって、PCの作成によって「自分はこんな風にゲームを遊びたい」とプレイヤーが提案するのと同じように、GMはどんなPCの作成をしてほしいか示唆することで自分がどんなゲームを遊びたいのか提案するのだ。
これはGMのおしつけでもないし、プレイヤーの自由を奪うものではない。お互いの求めるものをすり合わせる、立派なコミュニケーションである。
シナリオハンドアウトは、これをルールとして手順化したものだ、GMとプレイヤーが楽しくコミュニケーションするためのツールなのである。
この手順をさらにプレセッションからプレ・プレセッションへと持ち出して、使いたいキャラクターと自分の考えるイメージを、GMのそれとすり合わせる。
そしてそのときに「共感を得にくい」ものは避けたほうが無難だ、ということでいいんだよね?>tatuya氏
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●後半、ハンドアウトに沿った使いきりキャストの作成について
ここはtatuay氏のおっしゃることに大体同意。確かに、ハンドアウトに沿うキャストを作って、ハンドアウトどおりに動くことは求められてるんだけど、それを達成して「ハンドアウト(要求仕様)どおりに動けた」といって達成感を得てしまうよりも、「もっとアクトの主題を自分の言葉(ロールプレイ)で掘り下げる努力をしようよ」という、もっと上の満足感・達成感を得るためにキャストを作り、セッションに参加したいですね(遠い目)。
ただ、個人的には「シナリオのテーマ(主題)を掘り下げよう」というレベルでなくて、セッションにそのキャラクターの「ならでは」というか、たとえば貧乏探偵が依頼人にコーヒーを出しつつ自分は水を飲むとか、カタブツの企業人がぼそっと「俺にも妻も子もいるからな」と言って柄にもない同情をしてみたりとかいう「キャラクターによるセッションのスパイス」が実現したいというレベルで満足を得たい。というか主題を掘り下げるのはやっぱり難しいテクニックだと思いますよ。
そのための前提としての物語構造の把握云々という話を含めて書かれたのだと思いますが、やはり雲の上…というのは言いすぎかな、六本木ヒルズの上くらいなイメージが個人的にはあります。
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●[TRPGのスキル]という書き方
「tatuyaはTRPGにおいてこういう考えに基づいて、こういうスキル(手法)を使ってます」を縮めて[TRPGのスキル]と書いたらそりゃ誤解もされますわ…。
設定、圧縮されただけじゃね?
キャストの作り方[mixi.jp:tatuya氏記事]感想。
先日作ったサブカテ、役に立つな。
まず単純に、tatuya氏がすごいな、感心するのは28キャストを「運用している」と言えるところ。
数年来池袋界隈でN◎VAなんぞやってないRizaが上位の方13人くをしっかり覚えてるんだから、言葉に嘘偽りはないと思う。
でも↓は信じてもらえないと思う。
では、こんな前提において、自分はどんなキャスト作りをしているのか?
「そのスタイルを必ず入れる」
「できる限りスタンダードな設定を持たせる」
「判りやすく、外見から性格設定すべてを想像できるようにする」
そこ、石投げない。
そこ、指ささない。
本当のことなんだからさ。信じなさい。
本当なのは確かだけど、キャスト紹介記事(のーない会議tatuya)を見ていて気になるのは、前提知識とか、共有が必要な部分でイメージ不足の感があるのよね。一番上の剣崎の例で行くと「元ブラックハウンド公安部警視正」とか、「攻殻機動隊生命体。アウトロー小説に登場する、裏社会にドロップアウトした元警察官僚。」とか、イメージが漠然としすぎかねない(というかぶっちゃけると分からない)で、多分PLがグイグイ自分の演出で展開を引っ張らないと味が出てこない(そして、他PLやRLが往々にして受身になりかねない)気がする。
そういうところを抑えると、tatuya氏には物足りないだろうし、「公安の警視正」の人物像だとか、「攻殻機動隊生命体」のイメージを持ってる人とはものすごいうまく絡めるのだろうが。
で、このキャストが一番上にあるんですよ。他の人はよく理解してくれてるなぁとしか。俺が絡んだ時、「元ブラックハウンドのTalkie」で済ませて対応したし。
共感できる部分はある。つまりハンドウトテンプレート的な(スタンダードにスタイルに求められる)部分に+αしてキャラクターは用意しておくべきである。これ至極同感。
でもtatuya氏はなにか凝縮した+α(書けば簡潔にできるが、そこからものすごい量の情報が解凍されてしまう)を作ってないでしょうか。「〜このように考え、加賀魅士郎をデザインした」の前の段落、mixiで読むと1ページ程度の分量になるわけですよ。
圧縮すると「クグツの方向性としてトコトンエリート道を通り、キャリアアップを行い、愛社精神と「自分にチャレンジャブルな場を与える」会社への信頼を持つキャスト」となるのだろうかなぁ…。
これは完全に私事だが、「僕はクグツ導入に加賀魅士郎が入るような状況が思い浮かばない(クグツはありていに言って役に立たなければ使い捨てされるイメージを持っている。そうでなければ彼らはExekであるか、Kugutsuでないか)」と本人に1度言ったような覚えがある。これについては氏は反論したし、実際動かせばどうとでもなると氏を信頼しているので、実際に事故ることはないと思うが、ひとえに氏の力量が理論を支えているな、と痛感する出来事だった。
ハンドアウトにキャストをフィットさせるためのコルセット的な記事
デスクトップで記事書いたら2回もブラウザが飛んだ.Sleipnirの検索は何かがおかしい。
というグチはさておいて、ハンドアウトに合わせたキャラの作り方[mixi.jp:tatuya氏記事]の感想をば。
セッションに求めてるレベルが高いというか、やっぱり一緒にセッションしようと思ったら期待に応えられないなぁと思う自分がいたり。というかほぼ確実に「空気読めないPL」扱いされる自信があるね!
・物語構造の把握と、それぞれの導入の物語における立ち位置の確認
・「ハンドアウトに沿った」かつ「ハンドアウトに媚びない」キャラクターの造詣
・個々の立ち位置で役割を演じつつ、全体の流れを制御する演出家としての立場にも立つ
・「クイックスタートでよい」が「作りこみをした」キャストの作成
正直頭がパンクするとかいうレベルでなく、目の前にたった時点で絶望しそうな壁ですよ。
しかも全部他者との共有が必要そうな感じですな。自分の知識、自分の知ってる世界って、たとえば読書量だったり、自分の選考した学問であったりというもので物語構造の把握って大小齟齬が出るもんですしっていうか、いわゆるライトノベルをはじめとした小説は変に興味を持たない限り手を出してないので、話についていけないことしばしば。これは読んでない自分が悪いと言われても反論できない部分ではありますが。ともかく絶大な準備を必要として、とうてい「楽しめる」なんて考えられない。
無自覚にしてる部分がないでもないでもないでしょうが、僕は物語が先読みできない(表面的なことで判断する)と思ってるし、ハンドアウトには媚び売りまくるし、作りこみもデータ面以上のこと(簡単な設定に対する強固な能力の裏づけみたいな感じ)はしないタチだと思ってるので、やっぱりどうにも足りなさ杉です。
というかハンドアウトに媚売って、あとはケセラセラで行ったほうが往々にして上手くいくもんだと自分は思ってたりします(これも個人のケースなので、是ではないですが)。
次のセッションで使えないと思えば捨てればいい、次のセッションで使えると思ったら、使えるところだけつまみ食いして持ち帰ればよい。根幹的な(ハンドアウトのテンプレート的なもの、“人情派のフェイト”とか“反権力志向のTalkie”とか)モノさえあればあとは案外気にならないものです。
<以下グチ>
ところで剣崎さんといえばおととしの7月にひどいことを言ってましたね.
>「剣崎の一番の推奨導入は、イヌ導入がないイヌシナリオなんですよ(一同苦笑)」
まぁ実際このときのアクトは実にそのようになったと思ってますが、↑のように思ってるキャストが第一線にいるPLが「立ち位置を把握して作りこんだキャストを云々」というとどうしても違和感が拭えません。
…あ、俺はtatuya氏の言うところの「空気読めないPL」なのか.
だからこれはこれでいいのか(本当に?).
ぬるラヴ祭・最終章感想
最終なんだからコメつければいいやん!と思ったRizaSTARがいる。
だがそこはソレ。コレはコレ。
その距離感がドキドキってヤツですよ(距離感?)。
で、最終章なんですが、なんてゆーかなんというか…おりは師にも感じるのだけど、ああやっぱりモノを書く人は空間の演出がうまいなぁと思う。最小限の描写で必要十分な場面や、キャラクターのイメージを思い浮かばせてくれる。その能力に嫉妬。
(もっとも、それが本来の意図するシーンかどうか(書き手の意図と一致するか)はまったくもって不明なわけですが、キャラクター性と世界観が共有されているはずの二次創作や、そもそもそういう描写の一致を厳密に求めない(主題が伝わればよい)SSなんかなら、ぜんぜん問題がないだろうし)
ところで話の内容なんですが、俺に血反吐を吐かせる気ですか。青春の懐かしき…現在進行形な気もせんではないが…苦い思い出を全部記憶から引きずりだせというのですか(涙)。
…取り乱しました(こほん)。
当事者双方が無駄に重い気持ちを背負って生きていくんだって描写は好きです。はい。
で、姐上どこらへんが「ぬる」なんですか。「Nullラヴ」なんですか。
続・ぬるラヴ祭り感想記事
めでたくマイミク最新記事が(シリル)で埋まりましたバンジャーイ
…って、何か違うな。
とりあえずこの連載(?)を見てて(かつ、他のサイトを見ずに)思うのだが、PCスペックよりPLにある種のスペックが必要なのではないかと思う今日この頃。実際はそんなことないのだろうが…。
ぬるラヴ祭り感想記事
シリル姐上の連作3話目感想。
コメントがある限り続くというので本来ならコメントをするところなのですが、どうしても何か書かせている感的な偽悪過積載なので…mixi記事ですらないこんな場所に書いてみる。
※1:21現在、別の方が書いてるのでとりあえずまだ続くっぽいですが。
というわけで該当記事が見れない、あるいは見ない方はこの先を読む必要はありませぬでつよ。
まぁ中身のある感想でもないんですが、感想を書いてみる、というのはいろいろ訓練になるのですよ。
よもや来るまいと思いつつTRPG未経験者向けがこの感想だけ見に来ることも想定してみよう(何)。
TW物つーことでぐぐりました。公式サイトでキャライメを確認してから読もうとおもったわけですが、遊びとしては一度読んでからキャライメージを見て想像とのギャップだったり一致だったりを楽しむのがよかったのかも、かも。
なんだろうな。アルシャードのリプレイから1シーン切り出したような描写的に見えた。直前に“時計仕掛けの破壊神”(ゲーマーズ・フィールド誌連載のTRPG「アルシャードff」のリプレイ)を読んで、ファンタジー的ツンデレ分を補充したからかなぁ。
こういうプレイができたらいいなぁ、というか、GM術的にはこういう台詞をさらりと言える度胸と声色とがあるとものすごい印象深いシーンが作れるんだろうけど…(´・ω・)Rizaにはそんなスイッチついてません。
「旦那様によろしく」
↑と言伝を某氏にたのんだからかどうだかわからないが、昨日は更新もしてないのに「友達の友達」のエトロフクロニクル運営メンバーがチョコチョコ顔を出していた模様。
それとも「mixiも月1でしか巡回しねーよ!」なのかなぁ。